ADHDの歴史1 - 研究初期

ADHDの歴史1 - 研究初期

ADHDという言葉が用いられるようになったのは、1987年のことで、それまでは統一された呼び名が
ありませんでした。

注意力散漫な人や、多動・衝動が問題な子供たちは昔から多くいたものと思われますが、
それが一つの研究対象と見なされたのは、20世紀初頭頃のことです。

ドイツの学者、ホフマン氏が、この子供の特異な行動や気質について、研究を始めました。

それまで、現在でいうADHDの子供たちは、脳に何かしらの障害があるものと見なされていましたが、
それもまた、憶測の域を出ることはなく、ホフマン氏は何とかしてその原因や理論を解き明かそうと
しました。

しかし、何もデータのないところからのスタートで、その研究内容を成熟させるのには時間がかかり、
更に別の研究者たちが次々に興味深い統計結果を発表していきました。

初めてこれらの問題について、研究結果を発表したのは、イギリスの学者、ジョージ・スティル
アルフレッド・トレッドゴールドであったといわれています。

スティル氏は、多動性や衝動性が多く見られる子供たちには注意力の維持が難しいという問題を指摘し、
更にそれが慢性的になっているということも述べました。

このスティルの基本的な考え方が、現代のADHD研究の柱になっているといっていいと思います。

そしてその後、研究は進み、薬物なども開発されるようになります。

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